こんにちは!
今日は朝から姪っ子の運動会を観に珍しく江戸川区へ来ています。
直立不動の1年前とどれくらい変わったのかな?
という前置きはこの辺にして本題に入ります。
先日とあるお母さんからのご相談で
『周りの目を気にしていたり、相手から好かれようとして悩んでいる娘に対して「相手から好かれようと思わなくて良いんだよ!」と言ったら「綺麗ごと言わないでよ。そういう言葉聴き飽きてるしマジでうざい、お母さんはどうなの?好きでもないママ友に良い顔して、我慢して付き合い続けている理由を娘の為とかって、それだってハッキリ言えない自分の性格を私を言い訳にしてるだけでしょ?自分だって相手から好かれようとしているくせに何言ってんの?全然響かないからそういうこと言わないで」』
と言われたとのこと。
あなたはどう思いましたか?
『お母さんが可哀そう』
『娘さんの言うことも間違ってない』
などなど、様々でしょうね。
一般的に世の中に出回っている『素敵な言葉』は発する人がその言葉に見合う生き方をしていなければ結構
【人間関係における地雷】
となってしまいます。
今回お母さんが言った『相手から好かれようと思わなくていい』・・・聞こえは良いけどこの言葉を直球ストレートで投げてしまうと
【相手の気持ちを無視した言葉】
となってしまうので、こうした結果をうみやすいんですよね。
『箱根に旅行へ行きたい!』って言っている人に『台湾旅行の方が楽しいよ!』っていきなり言われたら何かね。
『今日の晩御飯は何が食べたい?』って聞いて『何でも良い』とか『ボルシチ』とか言われたらむかつきません?『いやそれ聴いてねーよ、察しろよ!』って思いません?
まあこの例え話はこのお母さんにして納得されていたので書いただけです(笑)
ようは娘は『相手から好かれたい、その為にはどうすれば良いのか?』を知りたいわけなので、先ずは傾聴して相手から好かれる方法の選択肢をいくつも提示して考えた後に自分の実体験を踏まえながら上記の発言をした方が落とし込みやすい。
当然、自分が言うのでさっきも言った通り
《自分もやっていること》
が大前提ですよ。
何でもそうですけど、言葉も良い言葉ばかりに目を向けすぎるのも自分の成長にブレーキをかけてしまいますからね。
自己肯定も大切ですけど『自己否定』することで驕ることなく貪欲に自己成長していけることもあるので、ポジティブな言葉もネガティブな言葉も大切に生きていきたいものですね。
綺麗ごとをやポジティブなことばかり考えて生きていけるのは元々持ち合わせている思考の持ち主くらいです。
それ以外の人は両方を感じながら自分の思考を切り替えられているかどうかなので、自分がどのタイプなのか?自己認識の作業でしっかりと出してくださいね。
それではまた。
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