殺していい理由にはなりません。
元事務次官が当時44歳であった発達障害のある息子を殺害した事件で、連日公判が行われいろんな話が当人の口から出てきました。
殺害した長男が原因で長女は縁談があっても上手くいかず自殺、そして母親(妻)も鬱病となり、被告の父親一人で家族の悩みを背負っていたというような背景があり、事件の数日前に一度激しく暴行を受けたことから、自分の身を守るために刺したと供述。
この父親自身もとても辛い思いをしていたことは供述から想像できるものの、だからと言って殺害していい理由にはならず、防衛と言っているものの一方的に被害者を刃物で36箇所以上刺していることや「親身に対応してきたのに」という見返りが入っていることからも仕方なかった事件とは言えず。
もちろん「父親が殺していなかったら他人を殺傷していたかもしれない」ということも考えられ、ダメだけど身内で始末をつけたのであればまだマシという意見も散見されるのですが、可能性があるという理由でこうした先手を打つことはやはり違うと私は考えます。
「なんで私だけこんな目に」「描いた家庭と違う・・・」様々な思いを抱いて日々過ごしている方は多いと思いますが、人間関係や出来事は思い通りに行くことはほぼありませんし、状況をどう捉えるかはそれぞれの問題です。
非行やひきこもり、不登校の問題も同じです。
現状をどう捉えるかで見える景色は違いますし、リスクばかり考えているといつまで経っても状況は良くならず、大半は悪化していきます。
どのような選択にも何かしらのリスクはついて回ります。
この元事務次官の事件もあなたの親子関係や生き方の糧となる事件ですので、何かしらを学んで生かしていただけたらと思います。
それではまた。
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